名古屋地方裁判所 昭和41年(ヨ)1825号 決定 1967年4月21日
申請人 小原喜一郎 外一名
被申請人 株式会社東洋工機製作所
主文
一、被申請人は、本案判決確定に至るまで、申請人らが、休憩時間中、被申請人の構内において、ビラその他印刷物を配布したことを理由に申請人らを懲戒してはならない。
二、申請費用は、これを二分し、その一を申請人らの、その余を被申請人の負担とする。
(注、無保証)
理由
第一申請人らが求めた裁判
被申請人は、本案判決確定に至るまで、申請人らが、被申請人の構内においてビラその他印刷物を配布したことを理由に申請人らを懲戒してはならない。
第二当事者間に争いのない事実
被申請人会社(以下会社と略称する)は、プレス機械などの製造販売を業とする株式会社であり、申請人らは、いずれも会社の従業員であり、且つ申請外全国金属愛知本部東洋工機支部(以下組合と略称する)の組合員であつて、申請人小原は組合副執行委員長、同加賀は組合書記長の職にあるものである。
第三本件疎明質料により当裁判所が認定した事実
一 昭和四一年一〇月二一日昼休み休憩時間中、申請人らは会社十四山工場食堂において、会社の許可なく、ビラを従業員に配布した。
二 同月二二日、会社は申請人らに対し、右行為が会社就業規則二六条四号に違反し、同規則六八条六号に該当するものとして、同規則六七条一号を適用し、それぞれ譴責に処する旨通告し、始末書の提出を求めた。
三 同月二五日昼休み休憩時間中、申請人らは再び右食堂において会社の許可なく、ビラを従業員に配布した。
四 申請人らは、前記譴責処分による始末書を会社に提出しないのみならず、再び三項記載の行為に出でたので、同月二六日会社は申請人らに対し、右行為が会社就業規則二六条四号に違反し、同規則六八条六号に該当するものとして、同規則六七条二号を適用し、それぞれ減給に処する旨通告し、始末書の提出を求めた。
五 会社十四山工場は、生産工場で、商店、外注加工者並びに得意先などが納品または視察に訪れることが多い。
六 十四山工場食堂は、全従業員が食事をする場所として利用されるほか、会社の販売会議その他の会議及び講演などを行う場所として利用される。
七 会社就業規則二六条には「従業員は業務以外のことで会社内において許可なくして次の行為をしてはならない」として、同条四号に「広告、宣伝、告示又はパンフレツト等の掲示配布及びこれに準ずる行為」と規定され、同六八条には「従業員が次の各号に該当する場合は懲戒とし、その行為の軽重により前条に定めた懲戒を適用する」として、同条六号に「会社の秩序統制風紀をみだしたとき」と規定され、更に同六七条には「懲戒は次の通りとする」として、「1譴責 2減給 3出勤停止 4懲戒解雇」と規定されている。
第四当裁判所の判断
一 まず、被保全権利の存否につき検討する。
(一) 就業時間中において
労働者は、所定労働時間中、使用者の指揮命令に従つて就労することを義務ずけられているから、特に労働協約または就業規則の規定によつて容認されている場合または使用者の許可がある場合を除いて、就業時間中は原則として組合活動を行うことを禁止される。
本件においては、特に就業時間中組合活動を行うことを容認すべき労働協約または就業規則若しくは使用者の許可があつたことの疎明はないから、申請人らが就業時間中業務に関係のないビラなどの印刷物を配布することは許されない。よつて、会社は、就業時間中になされたビラなどの配布行為について、会社就業規則二六条四号(従つて、更に同規則六八条六号、六七条も)を有効に適用しうる。
(二) 休憩時間内において
I 休憩時間は、本来労働者の労働力が使用者に売り渡されていない時間であり、使用者の指揮命令が及ばない時間であつて、労働者が休憩時間を自由に利用し、使用者がこれに制限を加ええないことは労働基準法三四条三項の明定するところである。従つて、労働者は休憩時間中には組合活動を自由になしうるのであり、組合員間の団結を強化するためのビラなどの配布行為も当然に許容されるべきものであつて、会社はこれを一般的にまたは正当な理由もなく個別的に禁止したり、あるいは一般的に許可を求めるための届出を要求することは有効にこれをなしえないものと言わなければならない。
会社就業規則二六条は、その四号において、一般的に会社内におけるパンフレツトなどの配布行為につき、会社の許可を受けるべきことを要求しているのであるから、休憩時間内に限り、右条項は効力を有しないものと言うべく、これを根拠にその行為者を懲戒処分に付することは出来ない。
II 但し、会社は、使用者として経営権の作用に基づき職場秩序を維持し、作業能率を阻害するものを排除する権利を有すると共に、企業所有者として施設管理権に基づき企業施設を支配し、その維持保全に必要な措置を行い、施設を汚損するなど施設の管理上好ましくない行為を阻止する権利を有する。従つて、労働者が、右休憩時間利用の自由につき、会社の右諸権利によつて一定の制約を受けることは止むをえない。
右の観点から本件につき考察するに、会社十四山工場は外来者が多く、また同工場の食堂は従業員が食事をとるために利用されるほか、会議・講演などの場として利用されることは前記認定のとおりであるから、右食堂内において申請人らがしたビラ配布行為が工場への外来者並びに食事中の従業員に対し、若干不快の念を与えたであろうことは充分に推測せられる。しかし、その他に、右ビラ配布行為が企業施設管理上特に支障を生ぜしめたことの疎明はない。
ビラの配布行為は、組合の団結の機能を十分に発揮する手段であり、団結権保障の精神から使用者は原則として労働者の右行為を容認すべき義務あるものであり、しかも労働者が休憩時間を自由に利用しうることは法の明定するところであるから、施設管理上右の程度の影響は、会社が容認すべき限度を越えたものとは言えない。しかし、申請人らとしても、会社の前記諸権利に照らし、会社役員室、事務室、応接室など、特に会社の機密を保持すべき場所あるいは特に美観を尊重すべき場所においてのビラなどの配布はこれを控えるべく、また食堂など従業員並びに外来者が自由に出入のできる場所においても、その施設の目的を考え、その目的を害わない方法(例えば、食堂では、食事中の者に不潔、不快な感じを与えないこと)でビラなどの配布行為を行うよう注意しなければならない。
(三) 結局、申請人らは、休憩時間内に限り、企業施設内においてビラなどの配布をなしうる権利を有するものと思料される。
二 保全の必要性
申請人らが、昼休み休憩時間中、前記食堂において、会社の許可なくビラを従業員に配布し、その結果いずれも二回にわたり懲戒処分に付せられたことは前記認定のとおりである。しかして、申請人らが、今後、休憩時間中ビラなどの配布をなしたならば、三度、更に重大な懲戒処分に付せられるであろうことは充分に推測せられるところであり、このような状況の下に、申請人ら所属組合の組合員が事実上ビラなどの配布をなし得ない状態に追い込まれるならば、今後の組合活動において、申請人らは回復し難い損害を被るおそれがある。
三 よつて、休憩時間内に限り、本件申請を相当と認めてこれを認容し(無保証)、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 西川正世 元吉麗子 三関幸男)